【PIXEL ROOMS】霊と神のプレイスタイル
PIXEL ROOMS (itunes)
https://itunes.apple.com/jp/app/tuo-chugemu-pikuserurumu/id654629590
PIXEL ROOMS (google play)
https://play.google.com/store/apps/details?id=jp.co.uraraworks.pixelrooms
ドランシア経由でインストールしたこのスマホゲーム。
スマホの操作を生かしたゲームデザインとギミックに興奮しまくり。
ゲームのルールは簡単です。
棒人間から扉までの道をつくってあげて、扉に導いてあげるとクリアー。
この道の作り方が秀逸なんです。
さて、ここからネタバレ注意報がけたたましく鳴り響きます。
クリアーの仕方を全部書いてます。
自分でクリアーしたときのなんとも言いがたいわき上がる感動を味わいたい方はこんなブログを読むよりプレイした方がいいかと。
スマホ操作のボキャブラリー
pixselroomにはこんな操作がありました。
- タップで壊れる磁石
- タップで木を揺らす
- タップでルーレットスタート
- 長押しで弱まる滝
- 4カ所同時押しで開く扉
- 長押しで雪を早送り
- スワイプで棚を動かして階段に
- スワイプで梯子を繋げて長い梯子に
- フリックで木を切る
- フリックで向いてる方向に画面遷移
- スマホの傾きに合わせて落ちる方向が変わる
- スマホを振ると泡立つコーラ(振った後ふたをタップでふたが飛ぶ)
- ドラッグで動かせるスポットライト
- 部品をドラッグして文字を作る
- ピンチアウトで大きい自分
- ピンチインでゲームの世界へ
ゲームって不思議で、例えば矢を射るにしても、広いマップで敵に狙いをつけるのと、障害物だらけの小さい穴を通すのと、やっていることは同じなのに、体験としてはまるで変わってしまいます。
同じタップ、スワイプ、フリックetcなのに、体験としては多義的に、それもボタンを使わずに実装しており、スマホ操作のボキャブラリーが一面クリアーする毎に自分の中に増えていく感動があります。
神としてのプレイヤー
さて、ゲームの目的は扉まで棒人間を導いていくことです。
この無表情で無気力で無感動な棒人間はひたすら「道」ができるのを待っています。
誤解を恐れずに言えばゆとり教育みたいなイメージです。
先生となって夢とか目的をこちらから指し示して、その道筋までたててあげないとダメ。
これでもかってぐらい自分から動いてくれません。
なので、いわば世界の外にいる神の視点=プレイヤーの立場から、扉までの道を阻む障害を取り除いていくことがゲームプレイとなります。
『レミングス』や『マリオとワリオ』のような導く系のゲームですが、『レミングス』がレミングス達の行動を指示する司令官の視点で軍隊のように出口を目指した、『マリオとワリオ』がプレイヤーが操る妖精と導かれるマリオとの間の感情移入の揺れ動きをポイントとしたのに対して、pixselroomは神=プレイヤーが操れるのは物理現象のみ。
完全な客観視であり、棒人間から疎外されているところがポイントかと。
そこで出てくる疑問は「なぜ疎外しなければならなかったのか」です。
ゲームというのはある意味映画の追体験、物語を自ら体験するメディアです。
そこでは指を通して主人公に憑依する、または主人公の背後にまとわりつく霊のような存在としてゲーム内世界と関わります。
同化の深度はさておき、ほとんどのゲームは主人公=プレイヤーという形をとる。
しかし、棒人間から疎外され、物理現象にしか作用できない操作は、否が応でもプレイヤーはプレイヤー自身として介入せざるを得ない。
もちろん、シムシティやたまごっちのようにプレイヤーが神=プレイヤーとしてゲームに接するものは他にもあります。
が、ボタン操作をなくし、直感的に内世界に侵入するゲームはこれまでに見ない形です。
VRやARと虚構と現実の世界が徐々に近づきつつある昨今、少し違った形で、タッチパネルならではの世界間の交錯を表現したpixselroom。
今までのゲームとはひと味違った体験を求める方は一度プレイしてみてはいかがでしょうか。
とまぁこんなところでー